RTCカンファレンスvol.25に行ってきましたよ。
前々から行こう行こうと思いつつ、
出張でぶつかること数回、の難関を越えていってきました、RTCカンファレンス。
↓これね
RTC Vol.25:「ネットサービス」の存在意義
内容は上記リンクから読んでもらったり、別の方がアップするであろう良いまとめを期待して、自分の感じたことを少しだけ。
(7/29)たぶんチミンモラスイ? さんの 『「ネットサービス」の存在意義』@RTCカンファレンスがわかりやすいです。
現在のようにネットどっぷりの仕事をしていると、あたかも世の中の中心はネットである、と勘違いしがちです。まあ、僕は確かにネットオタクの部類には入ると思うものの、自分の中で、「ネットは全てでないし、ネットに過度な期待をしない」というポリシーを持っている。だって、ネット使わない人って世の中いるのだから。
で、そんな時にこのお題。ははー、なんだこの本質的な質問は、とすっかり悩んでしまって、僕は一人大好きな高橋源一郎の官能小説家を思い出していたのです。この小説では、夏目漱石が現代によみがえり、AV男優をやったり、というめちゃくちゃな小説なのだけれど、現代によみがえった夏目漱石に、現代にいる主人公が質問をするのです。「なんで小説って存在していると思う?」って。
たぶん、「ネットサービスってなんであるの?」って質問は、主人公が夏目漱石にした質問と似ているのだ。みんなそれがあって、楽しんでいるけど、よくなにか、なんのためにあるかわからない。音楽も似ているかもしれない。(ちなみに「音楽がなかったら私死ぬ」って女の子いるけど、そういう軽はずみ意見の人こそ、なくなって一番こまらなそうと思うのは僕だけだろうか?)話が変わりかけたけれど、そうそれぐらい本質的な質問だったってことだと思うのだよね。
個人的に思うのはネットサービスの存在意義は、映画・音楽・小説に似ていると思っている。それはあるととっても人生が楽しくなったり豊かになったりするのだけれど、なくても残念ながら誰かが死ぬ、というほど困らない。だからこそ、個人的に思っている「ネットが全てでない」に通じるところがあるのだよね。
つまり個人的に導き出した答えの一つは、
「ネットとは人生を豊かにしてくれるもの」だと思うのだよね。
じゃあ、それ小説も音楽も全部いっしょじゃないか!って疑問があると思っていて、そう、そうなんだよね。あくまで上位概念としてはそういうこと。で、下位概念がきっと違ってくるのです。じゃあ違うその下位の概念ってなんだろう、って考えると、まあ双方向とか色々いえると思うのだけれど(でもほとんどのウェブって実は単方向じゃん、みたいな)、一つのキーワードは「コミュニケーション」であり、もう一つは「距離がちじまる」ってことだと思うのだよね。ネットの楽しみは、それが人間であろうが、ウェブであろうが、ロボット的ななにかであろうが、何かと「コミュニケーションをとる」という態度であるし、本なら本屋へ行って買う、という物理的な距離があるのだけれど、ネットというのはその距離を圧倒的にちじめてくれる存在だと思うのです。
つまるところ、下位概念としては、
「コミュニケーションの距離をちじめてくれるもの」だと思っています。
まとめると僕にとってのネットサービスとは、
「小説や音楽と同様に人生を豊かにしてくれるもの」であり、
「コミュニケーションの距離をちじめてくれるサービス」だと思っています。
あぁ、本質を考えるってとっても大切なんだなー、としみじみ思い、2次会に参加したかったのだけれど、色々あって家に帰ってきました。また出張とぶつからなければ参加したいと思います。
よい機会をありがとうございました!
投稿者aikawa | 2007年07月27日 23:36 | | |



